検索
  • 詠み人知らず@つくば

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンの考察2(ネタバレ注意)「ヴァイオレットが少佐に宛てた手紙」の考察

最終更新: 5時間前

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンは、今回の事件のことを比喩で語ろうとしていると思っている。


①劇中に今回の事件を示す比喩がある。

ヴァイオレットがギルベルトのおもちゃの入った箱を持って船上に出た時に、船が波に揺られたためよろけて大佐に支えてもらったシーンがある。そもそも人並み外れた身体能力を持つヴァイオレットがよろけることだけでも奇異な感じがするが、この箱の中で傾いた2つのおもちゃ、兵隊が持った銃(銃には着火機能がある)と傾いた軍用車(傾くことでタンクからガソリンが外に漏れる)の組み合わせは今回の事件の比喩になっていると考えると腑に落ちる。

新型コロナのことと思われる比喩もある。

ベネディクトの服に書かれていたBっぽい文字はテルシス語のBでベネディクト・ブルーの頭文字でもあるが、「WHOのロゴマーク」の一部でも使われている図柄である。そして、テニスラケットの形を「新型コロナウイルスの特徴である先端が丸っぽい「棘」の一つ」と見立てれば、ラリーが続かずボールがベースラインを超えてしまったのは、WHOの当初の予想が外れて感染をコントロールできず、パンデミックになってしまったと解釈可能である。

世界保健機関 - Wikipedia


アスクレピオスの杖 - Wikipedia


②劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンHPのメッセージの疑問 「あいしてるってなんですか? かつて自分に愛を教え、 与えようとしてくれた、大切な人。会いたくても会えない永遠に手を離してしまった、大切な大切な人。」

http://violet-evergarden.jp/story/


「会いたくても会えない。永遠に。手を離してしまった、大切な大切な人」とは、果たしてギルベルトのことだけを言っているのか?これが今回考察したい疑問である。


③始めに本考察の結論を示す。

劇中の「ヴァイオレットが少佐に宛てた三通の手紙」は、文中の「少佐」という文字だけを読み替えると、京アニの現スタッフから亡くなられた方々へ宛てた手紙になると考えている。(または、ヴァイオレットから亡くなられた方々へ宛てた手紙になる。としてもよい。その場合、物語の登場人物という枠を超え今回の事件に心を痛めたヴァイオレットが、京アニの残されたスタッフと一心同体になり、ギルベルトだけでなく、亡くなられた方々へも思いを重ねて宛てた手紙ということになる。)

以下、この「仮説」を検証する。


④第一の手紙

前提として、以下のシーンが今回の事件とシンクロする。

1)エリカとの再会時にホッジンズが言った「強く願うと思いは叶うものだな」に対し「強く願っても叶わない思いはどうすればいいのでしょうか。」とヴァイオレットが呟いたこと。

2)ヴァイオレットがC.H郵便社自室でインテンス最終決戦を回想する一連のシーン

(1)敵が投げた手りゅう弾の激しい爆音のシーン:あの事件で起こったガソリンへの引火とシンクロする。

(2)ヴァイオレットが腕を斜め上に伸ばしたシーン:当初腕は真っ直ぐ伸ばしており、ギルベルトがインテンス最終決戦で信号弾を打ち上げたのを模したものと分かるが、その後横から見たシーンで何時の間にか腕は斜め上に伸ばしている。この腕の角度は地上から二階の建物の窓に伸ばした角度に一致する。あの事件で、あの時あの場所に駆けつけて、燃え盛る建物の窓に向かって、「大切な大切な人」に伸ばしたかった手、繋ぐことが出来ずに「離してしまった手」を意味しているのではないだろうか。それは、助けたかった、助けることのできなかった後悔や悲しみともシンクロする。

※それでも、あの時現場に駆け付けてくれたご近所の方々の懸命な救出が多くの命を救ったことは報道でよく知られている。

(3)その後、椅子に座るヴァイオレットの後ろ姿(後ろ姿のため顔も目も見えない)と10秒程の無音のシーン:黙祷と考えると長い静寂も腑に落ちる。

(4)部屋の明かりと窓枠によって浮き上がった十字架の形をした影のシーン:そのままの意味であろう。


それでは、実際の手紙で「仮説」を検証したい。

以下、「少佐」と書かれた箇所を( )で伏字にして、第一の手紙を全文掲載する。

(story boardから引用)

親愛なる( )。また今日もあなたのことを思い出してしまいました。何を見ても何をしても、あなたの思い出が蘇ってしまうのです。時間が過ぎ去り遠ざかっても、あなたと過ごした記憶が鮮やかによみがえります。あなたは私をそばに置き、何も出来ない私に生きる術を教えて下さり、そして私にはじめて「愛している」その言葉を与えて下さった。だから、こうしてまた手紙を書いてしまうのです。いつかこの手紙が届くことを願って。願いが叶うことを祈って。


亡くなられた方々へ宛てた手紙と考えても全く矛盾しない手紙である。「忘れられない」「会いたい」という思いがあふれている。


⑤他にも手紙ではないが亡くなられた方への思いとシンクロするシーンがある。

1)墓地でのディートフリートとの会話:ヴァ)忘れるは難しいです。生きている限り忘れることはできません。

2)船でのディートフリートとの会話(上記おもちゃの箱のシーンの直後):デ)無くしたものは大きいな・・。お前も・・オレも・・。この間は悪かった・・。二度と会えない、忘れろ・・などと・・。オレだって忘れることはできない・・。ヴァ)・・・。はい・・。デ)また会えたら謝りたいことともそれから話したいことも・・。ヴァ)・・・。はい・・。


⑥次に第二の手紙を検証する。

第二の手紙は、エカルテ島に向かう船の上で書かれたものである。同じく少佐と書かれた箇所を( )で伏せ字にする。

( )本当にお久ぶりです。お目にかかれない間も、毎日毎日、( )の事を考えておりました。そして、祈りが通じて、願いが叶って、いつかお会いできたら。

<ここまで読んだ時、強い風が吹きヴァイオレットの手から手紙が離れてしまう。>

この手紙もまた、亡くなった方々を「忘れられない」、亡くなった方々に「会いたい」である。しかし、それは現実には叶わない。悲しいがそのことはわかっている。風に飛ばされた手紙はそのことを意味している。


⑦手紙ではないが、ギルベルトに拒絶され失意のまま灯台に来た時のホッジンズとヴァイオレットとの会話は重要な意味を持つと考えている。

ホ)ギルベルトに会うんだろう、ヴァ)・・・・会いたいです。・・・会いたいです!!(・・・ですが・・ ・・・指切りを)

この「会いたい」だけは、京アニの現スタッフの「会いたい」と事情が決定的に違う。ヴァイオレットはこの時点ではピンチだが、雨の中の自宅訪問で今まで「消息不明」であった少佐が「生存」していることを直接確かめることができた。ゆえにこのシーンは、もう二度と生きて友人達に会うことのできない京アニの残されたスタッフにとっては、自分達の「会いたい」をヴァイオレットにシンクロすることができなくなった残酷な瞬間でもあった。だからこそ、京アニスタッフはヴァイオレットの「会いたい」をこの先かなえてあげよう。この作品をハッピーエンドにしようと誓った。そんな思いを感じさせるシーンである。


⑧最後に第三の手紙を検証する。

愛する人に贈る、最後の手紙である。

親愛なる( )。突然お邪魔したことをお許しください。これが( )に宛てて書く最後の手紙です。私が今生きて誰かを思えるようになったのは、あなたのお陰です。私を受け入れて下さってありがとうございました。本を読んで下さったり、文字や色々なことを教えて下さってありがとうございました。ブローチを買って下さってありがとうございました。いつも、いつも側において下さってありがとうございました。愛してる・・を・・ありがとうございました。( )が愛してると言って下さったことが、私の生きていく道しるべになりました。そして愛してるを知ったから、愛してるを伝えたいと思いました。( )ありがとうございました。今まで本当にありがとうございました。私は( )を愛しています

意訳は必要である。「突然お邪魔をした」「突然この手紙でお邪魔した」=「突然この手紙を書いた」に替えてみれば亡くなられた方に宛てた手紙としても決して不自然ではない。また、「愛してる・・を・・ありがとうございました」についても、「『愛』がアニメ制作の基本であることを教えて下さってありがとうございました」。または、「私の能力、人柄を『愛してる』、意訳して『認めている』と言って下さってありがとうございました」。としてみてはどうだろう。これなら、亡くなられた方々に宛てた手紙としても矛盾しないだろう。


ではブローチのくだりはどうか。ちょっとした言葉遊び(駄洒落)が使われていると仮定してみて欲しい。(京アニが時々大真面目に駄洒落を使うことは、これまで私が書いた幾つかの考察で度々指摘してきた。「氷菓」の関谷純以来、駄洒落で想いを伝えることは、京アニの正統な表現方法なのである。)

Wiktionaryを引くとbroochには、装飾品の意味のほかにA painting all of one color, such as a sepia painting.(セピア画のような、単色の絵)の意味もあるそうである。

https://en.wiktionary.org/wiki/brooch

「単色の絵」とは、エンドロールで流れたクレジット、すなわち黒の背景の中に白抜きで書かれた「名前」(文字)を単色の絵と見立てたということであろう。「ブローチを買って下さってありがとうございました」は、ここは駄洒落以外の何者でもないが「買って」を「かつて」と読み替えて、「ブローチをかつて下さってありがとうございました」にすれば、「あなた方のお名前をかつて教えて下さってありがとうございました」となり、意訳すると「あなた方と出会うことができてありがとうございました」「あなた方と出会い、共に働けた思い出をありがとうございました」と読み替えることができる。


ところで、最後の手紙の主たる内容は「感謝」である。ヴァイオレットがギルベルトに宛てた手紙にしてはくどいくらいに「感謝」を強調しており、違和感を覚えた方もいるだろう。しかし、この手紙が京アニの残されたスタッフから亡くなった方々に宛てたものと考えるとしっくりくるのである。これ以前の手紙は、生前の故人に「会いたい」という叶えられない気持ちが主体だったが、この手紙は亡くなった方々への「感謝」の手紙、すなわち「愛がアニメ制作の基本と教えてくれたこと」、「自分達のことを認めてくれたこと(愛してくれたこと)」、そして「先輩として、後輩として、友人として出会えたこと」への「感謝」の手紙となっていると考えるとしっくりくるのである。

ちなみにギルベルトにとっては、自分が彼女を不幸にしたと思っている最中に、彼女から「感謝」の気持ちを告げられても、そうじゃないんだ。私は君に酷いことをしたのに君は思い違いしているだけなんだと余計頑なになってしまうのではないか。それどころか、穿った見方で申し訳ないが、ギルベルトがこの手紙のことを、インテンスで自分がした一世一代の彼女へのプロポーズに対するヴァイオレットからの回答と取ったとするとどうだろう。手紙の内容が感謝を全面に出されていれば、ふつうに想像するとやんわりとした交際お断りという回答と解釈してしまうのではないか。


また、この手紙では、感謝を強調するわりに少佐がヴァイオレットという名前をつけてくれたことへの感謝の言葉がないことがネットでも批判されていた。名前をつけてくれた話を無理やり手紙に組み込んで、「紫色などの配色を教えて下さってありがとうございました。」というニュアンスにする手もないわけではなかったが、ブローチの置き換えとは余りに差があることから、おそらく断腸の思いで削ったと推測される。

しかし、ヴァイオレットにとっては、「ブローチ」と同等かそれ以上に「名前」をもらったことの感謝は重要である。そこでヴァイオレットには、エンドロールにヴァイオレットの名もクレジットされていることから「ブローチを下さって」の比喩だけで「エンドロールにも書かれているヴァイオレットという名前を下さって」の意味にもなるからこれだけで名前をつけてくれた感謝の気持ちは伝わるとスタッフから提案されたのではないか。また、エンドロールには石川さんの名前もあるので、「ブローチを下さって」の比喩だけで「石川さんが自分の役を演じて下さって」の意味にもなり、石川さんへの感謝にもなるからこの演出でいこうとスタッフから説得されたのではないか。とまで妄想する。

話が脱線したが、以上から、この手紙は京アニの残されたスタッフから亡くなった方々に宛てたものと考えるにふさわしい手紙なのである。


⑨手紙の最後の一文

これで手紙の最後の一文が読まれなかった理由は明らかである。外伝の最後のテロップ「君の名を呼ぶ。それだけで二人の絆は永遠なんだ。」が伏線になっている。

この手紙を京アニの残されたスタッフから亡くなった方々に宛てた手紙とするためには、今までは、手紙の中で「少佐」と読まれる度に脳内で伏字にする必要があったが、音声がない分、ここで初めて本当の「名前」を堂々と呼べるのである。画面にあのテルシス語の一文が写った時、亡き人に思いを届けたいと思った人達が、スクリーンに向かって、「私は( )を愛しています」の( )の中に、自分が最も呼びたい亡くなられた方々の名前を入れて、名前とそれぞれの愛しているを呼ぶことができるのである。このシーンはそのための時間なのである。ちなみに、野暮な考察だが、「愛してる」は、ある人にとっては「尊敬しています」だろうし、ある人にとっては「生涯忘れません」だろう。


⑩最後に。京アニの残されたスタッフにとってこの作品を作ることが救いになったのか。「会いたい」が叶うとしたら、テレビ版10話副題の「愛する人はずっと見守っている」や、13話ブーゲンビリア夫人の言葉「あの子は、生きてる…心の中で。だから決して忘れない。思い出すたびに辛くても、ずっと思って生きていくわ。だって今も、愛しているんだもの。」が実感できた時なのだと思う。もしかするとそれが叶うのは「氷菓」の、全ては「古典になっていく」時なのかもしれない。

しかし、今回の事件はあまりにも辛すぎた。たとえ亡くなった方は戻らないと諦めようとしても、「寿命」というにはほど遠い。また、亡くなった原因が病気であれば「運命」と言うこともできるが、そうであったとしてもユリスのようなこどもの死でさえこれだけ辛いのに、「亡くなるはずのなかった命」がこんなにもたくさん奪われたのだ。

たくさん泣いて、後悔もして、忘れられない、会いたいと思って、しかしそれが現実には叶わないこともわかって、やっと一人一人に感謝と愛してるを告げる手紙を書こうという気持ちになった。京アニの残されたスタッフは今この段階なのだろう。京アニの残されたスタッフにとってこの作品を作ることが救いになったと思いたいが、まだまだ長い時間が必要とも思う。

ひとつ素敵な希望に気づいた。本作は映画化され、さらにはDVDにもなる。この手紙はこの先何十年にも渡って京アニの残されたスタッフに、そして同じ気持ちの私達にも届けられるのである。この手紙はアンに50年に渡って届いた手紙と同じ役割をしてくれるのである。

京アニの皆さん。素敵な作品(手紙)をありがとう。いつの日か皆さんの笑顔が取り戻りますように。


その他の「考察」も是非どうぞ。


劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンの考察1(ネタバレ注意)劇場版のギルベルトに京アニの決意がそっと隠されていると解釈できないこともない根拠 (fromtsukuba.com)


劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンの考察3(ネタバレ注意)劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンで使われたギミックの考察 (fromtsukuba.com)


劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンの考察4(ネタバレ注意)劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンで使われたギミックの考察2 (fromtsukuba.com)

861回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示